一般社団法人 絆の里
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プロジェクト

ぷろじぇくと

「東日本大震災復興復旧支援機構」で行う事業は、各々「ぷろじぇくと」として提案・実行していくものであり、復興という一連の行動を通じて生まれた交流や支援の和を再確認する場で、決して一過性のイベントの事ではありません

今後数年、数十年続くであろう支援の基盤を作る事を目標としています。

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被災者慰霊祭(2012.7.14)

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第一回慰霊祭で萌芽した祈りの精神を、更に引き継ぎ、継続させ、発展させる場でもあり、また、これまで支えてくれた、世界中の人々からの支援の和を、感謝と喜びをもって再確認する場でもあるのです。※モニュメントの建立は、皆様からの支援金で行うプロジェクトです。

第二回となる2012年慰霊祭は「いのちと感謝のフェスタ」と題し、2012年7月14日(土)に開催。護摩行(ごまく)はじめ多くのイベントを行いました。

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イベントの模様を記録した映像を掲載いたします。当日の熱気を皆様に感じていただけると思います。想いは、必ず届くのだと、熱意は想いに繋がるのだと...

 

被災者慰霊祭イベント動画

▲「哲人」行徳哲男(ぎょうとくてつお)先生が震災について、震災後の心・気の持ちようについてお言葉を贈って下さいました。

▲喜納昌吉(きなしょうきち)さんが「花:すべての人の心に花を」を熱唱してくれました。まさに、会場にいた全ての方々、鎮魂供養された方々全ての心に響きました。


 

阪神淡路大震災(「1.17希望の灯り」誕生)

そこに灯されている灯りは、平成12年1月17日の「つどい1.17」の竹灯篭の灯りに加え、被災10市10町を巡って運んだ種火と47都道府県から寄せられた種火を一つにして、つどいの当日に点灯式が行われました。

こうして「1.17希望の灯り」は設置後、被災した市民にとっての精神的な拠り所になり、被災地以外からも数多くの方々が訪れる場となっています。また、毎月17日には、自主的に清掃などが行われるようになり、被災10市10町だけでなく、遠方の都市へも、震災や灯りがむすぶ絆に関連した行事などによって、分灯され続けています。

 

神戸の灯り東北照らすガス灯施設各地で建立

東日本大震災は11日で発生から1年半となる。被災地では、阪神・淡路大震災の教訓を伝える神戸・東遊園地の「1.17希望の灯(あか)り」をモデルにしたガス灯の建立が広まっている。昨年12月以降、岩手県陸前高田市や福島県南相馬市に完成。今年11月には岩手県大槌町にも作られる。宮城県川崎町でも建設を目指す動きがあり、被災者は「遺族の心を癒し、災害を後世に伝える灯りが東北にも必要だと話す。

希望の灯りは阪神・淡路大震災から丸5年の2000年1月17日、被災者やボランティアから寄せられた種火と、被災地の慰霊碑を巡った種火を合わせ、神戸市役所南の東遊園地に建てられた。石柱には「この灯りは 奪われたすべてのいのちと 生き残ったわたしたちの思いを むすびつなぐ」と記されている。設置から12年がたち、震災後に生まれた世代や観光客が命の大切さを知る教材にもなっている。

昨年12月10日、海が見渡せる岩手県陸前高田市の「気仙大工左官伝承館」にガス灯が完成し、神戸から届けられた火がともされた。発起人の一人となったのは、同市広田町の第9区長藤原直美さん(68)だった。あれから9ヶ月。藤原さんは「多いときで全国から月3千人が訪れる。津波で生き残った一本松と同じように、市のシンボルになりつつある」と話す。最近では、灯りのそばでコンサートを開くなどし、住民の来訪も増えてきた。「少しずつ、前を向く兆しが見えてきたのかな」と思う。

宮城県でも建立を模索する。宮城の担当者が希望の灯りを管理する「阪神淡路大震災1.17希望の灯り」代表理事、堀内正美さん(62)の案内で設立の経緯などを聞いた。宮城の担当者は「コミュニティーが崩れ、住民がばらばらになっている。もう一度つながれるように、宮城にも希望の灯りをともしたい」と力を込める。

堀内さんは「灯りは記録ではなく、『生きている記憶』として災害を今に伝えている。神戸から全国へと広まってほしい」と話している。

2012年9月11日 神戸新聞掲載記事より

 

杜の湖畔・絆の里計画図案

下図の第2駐車場北側に、平成25年3月10日までに設置予定で、神戸のNPO団体HANDSや地元企業、有志の方々のご協力を得ながら計画を進めています。是非、このプロジェクトにご参加、ご支援をお願いします。